第2話:魔法相談所開設!


「ふぁああ〜」

朝、目を覚ます太陽。

時計を見ると、そろそろ学校へ行く準備を始めないと
やばい時間だ。
まだ布団で寝ていたい気持ちをグッと我慢して
起き上がる。

「あー眠い・・・。
昨日の夜、遅くまで起きていたのが悪かったかな・・・」

と、その時だ。
「ブブブブ!」と携帯が鳴る。
どうやらメールが届いたようだ。

「誰だ・・こんな朝早く・・・・」

 

まさかの大地からのメールにびっくりする太陽。
しかも、その内容が
自分がやろうとしていることに対しての文句だったので、
イラッとしてしまう。

「そんなこと、おまえに言われたくねーよ!!」

そう叫ぶと、太陽は携帯をベッドに投げつけた。

「チチチチ・・・・・」

その日の朝は、5月のさわやかな朝だった。
空は青く、木々の新緑も実にまぶしくて、
何か良いことが起こりそうな、そんな気分になってくるお天気だ。

が、ひまわりの心はドヨンと重かった。
重い足をひきずりながら校門をくぐっていく。

「はあ・・・、今日の朝の占いの結果、
『予期せぬトラブルに見舞われる』でした・・・。
当たって欲しくないですけど
何か嫌なことが起こりそうな予感がします・・・」

トボトボと教室に向って歩いていると、
「あ!夏野さん!」
と呼び止められた瞬間、ひまわりはギクッと飛び上がった。

振り返るとそこにはニコニコ笑顔の太陽がいた。

「おはよう♪」

太陽のさわやかスマイルに周りの女の子達は
キャーキャー騒いでいるが、
ひまわりは知っている。
この笑顔が偽者の笑顔だということを。



『桐島くんの母方の一族「雨夜家」は、大昔から呪術や占いを得意とし、
現在でも占術の世界では広くその名を知らしめています。
占いの的中率の高さを聞きつけ、
全国から悩みを相談に来る人も多く、予約が数ヶ月待ちも当たり前だそうです。

雨夜家の当主は代々不思議な力を受け継ぎ、
桐島くんの従兄弟で次期当主でもある雨夜大地さんは
ここ数代の中では珍しいほど強い魔力を持っている人物だとか。

そんな魔術師一族の一員なのに
当の桐島くんはほとんど魔力が無いせいか、
大地さんにライバル心むき出しで、
なんとか自分も魔力を高め、将来的には一族の仕事に従事したいということで、
訓練を兼ねて「魔法相談所」を開くことにしたのです。

しかし開設する条件として提示されたのが、
魔力が弱い桐島くんを助けるため「魔法を使える助手を連れてくること」。

でも、そんなに世の中
魔法を使える人なんてめったにいないもので、
桐島くんが探しに探して、たまたま見つけ出して来たのが、
私、夏野ひまわりなのでした・・・』

無理やり用件だけ伝えると、さっさと太陽は去っていった。

「はあ・・」と重くため息をついたひまわりの前に、
「夏野さん!!」
と女の子達がドッと押し寄せてきた。

何事かとびびるひまわりを
女の子達はグルッと輪になって囲ってにらみつける。
そして怒鳴りつけた。
「いったい太陽とどういう関係なの!?」
「まさか付き合ってるの!?放課後会うってどういうことなの!!」

ひまわりは突然の出来事に見舞われ、
心の中で「ひ〜っ!?」と叫んだ。
どうやら女の子達は、
ひまわりと太陽が付き合っていると思っているようだ。

「い、いえっ!
付き合ってなんかいません!!」
全力で否定するひまわり。

だが、女の子達はまだ疑っているようで、
「じゃあ、どんな関係なのよ!!」
と聞いてくるが、まさかここで
『魔法相談所の開設・運営の手伝い』とは、さすがに言えるはずがない。

なので、
「た・・ただの・・知り合いです・・」
そう言うしかなかった。

すると女の子達は、ひまわりにバッと一枚の用紙をつきつけた。
それには『桐島太陽 ファンクラブ規則』と書いてある。

「太陽にはファンクラブがあって、抜け駆けは禁止だから!」
「変な気でも起こそうそしたら、絶対許さないからね!!」
「近づきたかったら、ファンクラブに入りなさいよ!!」
女の子達の猛烈な勢いに圧倒されて、
ひまわりは半泣きになりながらガクガク震えた。

『やっぱり占いの通り、予期せぬトラブルに見舞われました・・』

キーンコーンカーンコーン

チャイムが鳴り、放課後がやってきた。

ひまわりと玄関で待ち合わせした太陽だったが、
ひまわりの姿は無い。

「あいつ、何やってんだよ」
チッと思いながら、クツ箱を開くと手紙が1枚入っていた。
差出人は、ひまわりのようだ。
「ん?ひまわりからじゃん」
太陽は手紙を取り出し、中を読んでみる。

『桐島君 
放課後の用事は付き合いますが、
先に桐島くんの家に行っています 夏野より』

太陽は首をかしげた。
「なんだ、これ?」

ひまわりは考えた。
太陽と堂々と放課後待ち合わせて一緒に帰ろうものなら、
ファンクラブの女の子達に何を言われるか分かったものではない。
本当に付き合っているのであれば話は別だが、
太陽が自分に話しかけてくるのは
単に相談所の「手伝い要員」のためであって、
決して恋愛対象として見られているわけではない。

その点を女子の皆さんにこれ以上勘違いされては困るのだ。
そういうことを踏まえて、
学校ではなるべく太陽に近づかないようにするのが得策だ、
とひまわりは考えたわけである。

「ったく、なんで先に帰ってんだよ。寄るところがあったのに」
「す・・すいません・・・」

雨夜家の和室の一室で、
2人はテーブルをはさんで向き合って座っている。

今日も床の間にはきれいな花が活けられ、
お香の高貴な香りが部屋に漂う。
その香りは不思議とひまわりの心を落ち着かせてくれた。
が、太陽が話し出すと心は一気にざわめき出したが。

「ということで、
今日は相談所を開設するにあたって
おれもおまえも魔法を使えるように特訓が必要だと思うんだ」
「・・・・・・・・」

魔法なんてものがこの世の中に存在するのか半ば信じてないひまわりは、
真顔で語る太陽にまだ正直ついていけてない・・。

「え・・魔法ってどうやったら使えるんですか?」
「それが分かったら、何の苦労もしねーよ」

確かに・・。
魔法の使い方が簡単に分かれば、
この世の中、魔法使いだらけになってしまうであろう。

太陽はひまわりの顔をじっと見つめ、
「でもひまわり、おまえこの前、
占いをしている時、魔方陣出してたじゃん」
と言った。

また聞きなれない言葉が出てきて、ひまわりは首をかしげる。
「ま・・魔方陣?」
太陽は紙に円を描きながら、
「魔法を使う時に儀式の一環として地上に描く円のことだ。
魔方陣には魔力がこめられ魔法の場を作り出し、
大きな魔法の力を呼び起こすことができるんだ」
と説明した。

その話を聞いて、さらにひまわりは首をかしげる。
「え・・?なんでそんなもの私が出していたんです?」
魔法を使った記憶もなければ、
魔方陣を出した記憶もないひまわりゆえ、
頭の中が少々混乱している。

太陽も「う〜ん」と首をひねって、
「ま・・たぶん、魔力を高めて占おうと気持ちを集中した結果、
無意識的に出していたかもしれないけどな」
と推測した。

無意識に出して・・とはいえ、そんな技を繰り出していた自分に
ちょっと驚くひまわり。
でも、無意識でそんなことができていたなら、
訓練すればもっとすごい技を使えるのではないだろうか。

少し自信を持ちかけていたひまわりだったが、
「ま、おれが見たのが見間違いでなければ、の話だけど」
という太陽の言葉で、
一気に気持ちは不安の方へ傾いていった・・。

魔力がほぼ0の太陽ゆえ、見間違いの可能性は高いかもしれない・・

その時だ。
がらっと襖が開き、
「太陽、
おや、ひまわりちゃんも来てたのかい?」
と太陽のおばあさんが現れた。
今日もビシッと着物を着こなし、年の割にはシャンとしている。

「あ、お邪魔しています!」
ひまわりがあわててあいさつした。
太陽は、
「なんだよ、ばーちゃん、忙しいんだけど」
と急に入ってきた祖母を邪魔に思っていたが、
「仕事じゃ」
と言われた瞬間、驚きあわてて姿勢を正して座った。

『仕事って・・魔法相談所の!?』
何の準備もしてないのに
突然舞い込んできた仕事にひまわりはびっくりする。

逆に太陽は目をキラキラ輝かし、
「え!?なんだ!?何の仕事だ!?」
と、やる気十分のようだ。

おばあさんは座布団の上に座ると、
二人の前に一枚の写真を差し出した。

「相談者は、数日前から大切なペンダントをなくしたそうで、
それを探し出してほしいと依頼しに来たんじゃ」

仕事内容をを聞いた瞬間、あんなに目を輝かしていた太陽が
急にムスッとしたような顔に変わった。

「なんだよ!
そのしょーもない相談は!!警察にでも頼め!!」

太陽としては
もっと大きなスケールの相談だと想像していたのだろうか。
意外と小さな用件で、やる気が一気に失せたようだ。
そんな太陽の態度に、おばあちゃんが一喝する。

「ほう、よく言ったな。
そんなしょーもない相談でも、
太陽は即解決できる力を持っているのかい?」
そう言われた太陽は、「うっ」と言葉をつまらせた。

おばあちゃんの攻撃は続く。
「ま、大地なら即解決することができると思うけど、
太陽の力ではなあ〜」

大地の名前を出され「ムカッ」とした太陽は、
「ダン!」と机を両手で叩いて身を乗り出す。
「分かった!おれだってやってやろうじゃん!!」

再びやる気を出した太陽を見て、祖母はクスリと笑った。
孫の操り方はよく分かっているようで、
負けず嫌いの太陽ゆえに、
大地の名前を出してやると、
「やる」と言い出すのを分かっているのだ。

そんな太陽とは対照的に、
ひまわりは非常に大きな不安感を抱いていた。
『だ・・大丈夫かな・・・
私も桐島くんも、ろくに魔法なんて使えないのに、
仕事なんか引き受けて、ちゃんと解決できるのかどうか・・』

「お金をもらわない」魔法相談所だからといっても、
頼って来るお客さんというのは、
問題をどうにか解決してほしいはずである。
それなのに「出来ませんでした」では、
依頼者も怒るのではないだろうか・・・。

不安だらけのひまわりをよそに、
話はもうすでに進んでいた。

「じゃあ、詳しいことを説明するよ」
おばあちゃんは、
ペンダントの依頼写真を差し出しながら話し始める。

「相談者は50代の女性で、
失くしたペンダントはこれじゃ。
先祖代々、その家の娘が受け継いでいるものだが、
どこで失くしたのか分からなくて困っているそうだ」

ひまわりは写真を見ながら、首をかしげる。

『どこで失くしたか分からないペンダントなんて・・・
どうやって探したらいいんだろう?』

おばあちゃんは続ける。

「とても大切なものゆえ、
どんなささいな情報でも欲しいと、
うちを頼って来られたわけじゃ。
しかし、
紛失物を追跡する術を使える大地が
今は不在であることを一応伝えたのだが、
『それでも』と言うのでとりあえず受けたのじゃよ」

「追跡する術?」

また聞きなれない言葉が出てきたので、
ひまわりは首をかしげる。

おばあちゃんはお茶を飲みながら、
「魔術を使って、人や物を探す方法なのだが、
強い魔力を持ってないと上手くいかなくてね。
難なくできるのが、
今のところうちの一族では大地だけなのじゃよ」
と説明した。

雨夜家で一番魔力が強いという
大地が不在で
おばあちゃんもいろいろと困っているようだ。

ひまわりはチラッと太陽を見た。

太陽は写真を握り締めて、ああでもない、こうでもないと
ブツブツひとり言をつぶやいている。

大地にしか使えない術ということは、
たぶん太陽は使えない術なであろう。
それでも太陽はやる気のようである。

「じゃ、よろしく頼むよ」
そう言うと、おばあちゃんは部屋から出て行った。

ひまわりは太陽の顔を伺いながら、
「どうします?」
と聞いた。

太陽は頭をポリポリかきながら、
「どうしますって言われても、何の手がかりもないんだから、
追跡術をやってみるしかないだろ?」
と言ったので、ひまわりはギョッとする。

「えっ、あっ、でもっ、
大地さん以外は誰も出来ないんじゃ・・」
アワアワしているひまわりに、
太陽はムッとする。

「あのなぁ、おれだって何回かに1回ぐらいは
魔法が使えるんだよ!
最初から上手く行かないって決めつけるな!」

太陽にそう言われて、ひまわりは反省した。

確かに、
最初から太陽が「何もできない」と決めつけて疑うのは
よくないことだからだ。

「よし!じゃあ、追跡術を始める準備をするぞ」

そう言うと太陽は部屋を出ていき、
しばらくすると
何やら道具を持って戻ってきた。

机の上にまず置いたのは、
真っ白の紙だったため、
ひまわりは「?」と首をかしげる。

「桐島くん、この紙は何に使うのですか?」
「術者の命令に従って動く『紙人形』を作ろうと思って」
「紙人形?」

ひまわりにはどういうことなのか、
全く分からなかったが、
太陽はハサミを取り出すと
紙をチョキチョキと切り
「人型」の簡単な紙人形を作った。

ひまわりはじっとその人形を見つめ、
「え?これって、本当にただの紙で作った人形のようですが、
どうやって使うんですか?」
と聞いた。

別に頑丈な厚紙でもない
書道で使う半紙のような薄い紙ゆえ、
水にぬれたり、どこかに引っかかれば、
すぐ破れそうである。

太陽は大切そうに紙人形を手に取りながら、
「術者が魔力を吹き込んでやることで、
人形が動き出し何でも命令を聞いてくれるんだ。
魔力が人形にこめられることで、
ただの『紙』じゃなくなるから、
破れたりクシャクシャになったりすることはめったに無い」
と説明すると、ひまわりも「なるほど」とうなずく。

「ということは、
人形に魔力を吹き込んで
ペンダントを探してもらうんですね」
「その通り」

魔法を使う準備が整ったようで、
正座する太陽の前には
直径30センチぐらいの丸い鏡が置かれ、
その上に先ほど作った紙人形が乗っている。

大きく深呼吸した太陽は鏡に手をかざし、
「雨夜家に伝わる雨鏡よ。
人形に魔力を吹き込み、我に仕わせよ―」
と呪文のような言葉を唱えた。

どんなことが起こるのか、
ひまわりは息を止めて見守る。

呪文を唱えてから30秒過ぎた。
何も起こらない。

さらに1分、5分、10分・・と時間だけ過ぎていくが、
紙人形は一向に動こうとしない。

15分過ぎた頃から太陽が、
「動け〜!!」
と必死に念力を送っているので、
ひまわりも心の中で、
『お願い、動いて〜!!』
と祈るような気持ちで願っていた。

動かなければ、太陽の機嫌が悪くなるような気がしたからだ・・・

30分後・・・
「ふー」と大きなため息をついた太陽は、
「今日は調子が悪いらしい」
と言って手を止めた。

調子が悪い・・というか、
やはり魔力が無いので動かないのであろう。

ひまわりは丸い鏡をのぞきこみながら、
「桐島くん、この鏡は何か意味があるの?」
と先ほどから関心のあったことを聞いてみた。

太陽は制服の上着を脱ぎながら、
「ああ、それはうちの魔法道具『雨鏡』だ」
と答えた。

「雨鏡?」

「大昔から、雨夜家に伝わるもので
儀式や術を使うときに鏡の持っている不思議な力を借りて
自分の魔力をより高めるのに役立つんだ。
元々はこれぐらいの大きさだけど、
明治時代に雨夜家に現れた
最強の魔術師『雨夜亀之介』によって
携帯型のミニ雨鏡が作られたらしい」

太陽は手元にある鏡より小さな輪を
手で作って見せながら説明した。

「携帯型の雨鏡も
元々の鏡と同じぐらいの力を持っていて、
それ単独で魔法が使えるそうだ」

その話を聞いたひまわりは、
「へー!すごいですね!
携帯型だと持ち運びも便利ですし、使い勝手がいいですね!」
と感心した。

そしてキョロキョロ周りを見回してから、
「その携帯型の雨鏡は
桐島くんは持っていないんですか?
ここには大きな鏡しかないですけど・・・」
と質問すると、
急に太陽の表情が険しくなった。

急な変化にビクッとするひまわりに太陽が、
「それは大地が持ってるんだよ!」
と怒り口調で言ったので、
ひまわりは「しまった!」と失言したことを後悔した。

確かにそうだろう・・。
そんなすごい魔法道具を
魔法が使えない太陽に持たせるよりは、
一番魔力が強い大地に持たせた方が、
有効利用できそうだからだ。

「はあ、やる気がなくなった」
と太陽がつぶやく。

がんばっても魔法が使えないので、
疲れが出てきたのであろう。

太陽は紙人形をひまわりに差し出すと、
「おまえも試しにやってみろ。
ボーっと見てるだけで何もしてないじゃん」
と急に言ってきため、
ひまわりは「え!?」と飛び上がる。

「わ、私がですか!?」
「何驚いてんだよ!
おれより魔力持ってるんだから、何かできるだろ!?」

急なムチャぶりを太陽が要求してきたため、
ひまわりはびっくりして固まってしまった。

自分に魔力があるなんて
一度も考えずに育ってきたひまわりゆえ、
急に魔法なんて使えるわけがない。

でも太陽の命令に従わなければ、
また怒られることだけは確かなので、
仕方なく鏡の前に向き合った。

ひまわりは見よう見まねで、
雨鏡の上に人形をソッと置いて、
鏡に向って力を込めてみる。

「雨夜家に伝わる雨鏡よ・・
人形に魔力を吹き込み、我に仕わせよ・・」

その瞬間、
今まで何の変化も起こらなかった鏡が
突然パアッと黄金色の光を放ち始めた。

「!?」

ひまわりは
何が起こっているのかよく分かなかったが、
反応があったので、
そのまま力を込め続ける。

その横で太陽は、びっくりしすぎて声が出ない。
自分が何十分かけても動かせなかった人形を
一瞬で動かそうとしているひまわりに
ただただ驚くしかなかった。

魂を抜き取られたような状態の太陽に、
「桐島くん!」
とひまわりが声をかけたので、
ハッと我に返る。

ひまわりは鏡を指差しながら、
「人形が動き出してるんですけど、どうしたら・・・」
と言っている最中に、
紙人形がフワッと宙に浮かび始めた。

その様子をポカンとした表情で見ていた2人だったが、
状況を飲み込んだ太陽があわてて、
「あ、あいつを追いかけろ!!」
と叫んだ。

ひまわりも「はい!」と返事すると
紙人形を追いかけて2人は走り出した。

突然動き出した紙人形を追いかけていくと、
目の前に廃墟となった古い洋館の前に
いつの間にかたどり着いていた。

赤い屋根と白い壁が
童話に出てきそうな屋敷をイメージさせるが、
今はその面影もなく、
屋根はところどころ穴が開き、
瓦の隙間から草がぼうぼうに生えている。

窓はほとんどガラスが壊れ、
白い壁は今や汚れて灰色と化していた。

さらには、
家の周りをカラスが大量に飛び回っているため、
この廃墟を一層気味悪いものとしている。

紙人形は、まるで廃墟に引き寄せられたかのように
す〜っと開いた窓から中に入っていってしまった。

その様子を見ていた2人は、
門のところで立ち止まり、
「桐島くん・・ここに入っていきましたよ・・・」
「ああ・・廃墟だな」
とつぶやく。

ひまわりは太陽の顔を見ながら、
「でもなんで、こんな空き家にペンダントが・・?」
と聞くと、
「それはこっちが聞きたいよ。
おまえが紙人形をここまで飛ばしたんだろ」
と太陽が逆に質問してきた。

その時だ。
「おやおや!すごいじゃないか!!」
振り返ると、おばあちゃんが2人を追いかけて
息切れしながら走ってきているではないか。

「ばーちゃん!?なんでここに!?」
「人形が飛んでいくのが見えたから
追いかけてきたんじゃよ!
ひまわりちゃんが飛ばしたのかい!?」

そう聞かれてびっくりするひまわり。

「と・・飛ばしたというか、
なんかよく分からないんですが、
念じたら
急に動き出して飛んだというか・・」

はっきりいって、
なんで飛んだのかひまわり自身、
よく分かっていない。

何か特別なことをした記憶もないし、
気づいたら動いていたのだ。

それでも、
おばあちゃんは「うんうん」とうなずき、
「いや〜、さすがじゃよ!
最初見たときから、
並々ならぬ魔力を持っていると思っていたけど、
やはりすごいよ、ひまわりちゃん!
これから鍛え甲斐がありそうだ!」
とひまわりの魔力を大絶賛した。

誉められることは喜ばしいことだが、
ひまわりとしては
特に何かがんばったわけでもなく
見よう見まねしたところ
たまたま動いただけのことだったので、
すっかり恐縮してしまっている。

「あ、でもおばあさん、
ここにペンダントがあるとは限らないですよ。
ただ単に風にあおられて、
ここに飛んできただけかもしれないので・・」

と、ひまわりが否定的にモゴモゴと説明していると、
「あるんじゃねーの」
と横から太陽が割って入ってきた。

「え?」

ひまわりが振り返ると、
太陽は背を見せ、
「魔力が強いひまわりがやればいいじゃん。
おれなんかいなくてもさ」
とぶっきらぼうに言い捨てると
スタスタと来た道を帰っていっているではないか。

ひまわりとおばあちゃんは目が点になる。

「え!?
ちょ、ちょっと桐島くん!!
どういうことなんですか!?
待ってください!!」

ひまわりはあわてて叫んだが、
太陽はそのままどこかへ消え去ってしまった。

残されたひまわりは、
その場で立ち尽くすしかなかった。

『そ・・そんな・・
「ひまわりがやればいい」って
別に私はやりたかったわけじゃなくて、
桐島くんのプロジェクトに勝手に巻き込まれただけなのに・・』


「あーあ、全く何をすねているんだか」
おばあちゃんは、呆れたようなため息を大きくついた。

「ひまわりちゃん、気にしないでいいよ。
太陽が勝手にすねているだけだから」

「え・・すねて?」
ひまわりは何で太陽がすねたのか分からなかった。

「ああ、すねてんだよ。
自分が使えない魔法を
ひまわりちゃんが一発で使えたことにヤキモキしているだけじゃよ。
本当に昔から思い通りにならないことがあったら、
すぐすねる性格でね」

おばあちゃんから
そう説明を受けたひまわりは、大きくあわて出した。

太陽が魔法が使えなくて、
悔しい思いをしていることは何度か聞かされていたのに、
パッと出てきた人間が
あっさり魔法を使ってしまったわけなので、
太陽が「気にくわない」と思ってしまうのも当然だ。

もし自分が同じ立場であれば、
絶対凹むだろう。

それなのに、そんなことにも気づかなかったなんて・・・。

ひまわりは頭を大きく下げた。
「ごめんなさい!
私が気を使わないで、でしゃばったせいで、
桐島くんを傷つけてしまって!!」

ひまわりがひたすら謝るので、
おばあちゃんはギョッとして止めに入る。
「いやいや、ひまわりちゃんは悪くないよ!
悪いのは太陽なんだから。
自分からひまわりちゃんにお願いして助手になってもらったのに、
あの態度は無いと思うから」

おばあちゃんにそう言われ、ひまわりも、
「はあ・・」
とうなずいてはみるものの、まだ何かひっかかる。

おばあちゃんは、落ち込んでいるひまわりの肩を
ポンポンとたたいて、
「さ、もう遅いから
ひまわりちゃんは帰っていいよ。
後は太陽に全ての責任を負わさせるから」
と帰るように促した。

しかし、ひまわりは納得していないのか、
その場から動こうとしない。

「でも・・・」
「ん?」
「ペンダントをなくされた方は、本当に困っていると思うので、
もし本当にこの廃墟にペンダントがあるなら、
探し出したいんです」

ひまわりはニコッと微笑むと、
「私、もう少し探してみます!」
と言って、廃墟に向って走り出した。

「あ!ひまわりちゃん!」
おばあちゃんが止めようとしたが、
ひまわりは廃墟に
もう足を踏み入れていた。

気の弱そうな小さな女の子なのに、
なんと責任感と勇気があるのだろう。
それに比べて、自分の孫は・・・。

「バカ、太陽めがっ!」

自分の孫ながら、あまりにも情けない。
おばあちゃんは太陽に説教するために
小走りで家に向かった。

その頃、太陽はというと
家に帰って来て、
制服を着替えもしないで床にゴロッと寝転んでいる。

かっこ悪すぎる。

あの時は、カッとなっていて、
思わずひまわりに嫌味を言ってしまったが、
冷静になって考えてみると、
こちらから頼んだことなのに
ひまわりに全ての責任を押し付けて帰ってくるなんて・・・。

太陽が「はあ・・」と大きくため息をついた瞬間、
ガラッと勢いよく部屋の戸が開いた。
寝転がっていた太陽は、
びっくりして飛び起きてしまった。

「こら!太陽!」

部屋に入ってきたのは、
廃墟から帰ってきたおばあちゃんだった。
おばあちゃんは
キッと太陽をにらみつける。
さすがの太陽も「ヘビににらまれたカエル」のように
小さく縮こまりビクビクしている。

「おまえ、かっこ悪いと思わないのかい!?
自分からひまわりちゃんに協力して欲しいって頼んだくせに、
ヒマワリちゃんの方が上手く魔法を使えるからってすねて、
仕事を放り投げるとは、一体どういうことだい!
そんな器の小さい人間じゃ、
相談所なんて運営していけるわけがないよ!」

そのことに関しては、
いっさい反論することができない。
太陽は何も言えずうつむいていた。

だが、おばあちゃんは一切構わず話を続ける。

「ひまわりちゃんは、まだペンダントを探しているよ」
「え?」

思わず太陽は顔を上げた。

「失くした人が困っているから、がんばって見つけたいって
太陽が帰った後も責任を持って探しているんだよ。
こんな夜に、あの廃墟で女の子1人にしておいてもいいのかい!?」

それを聞いて、太陽はあわてて玄関に向って走り出した。

一方、廃墟ではひまわりが、
なけなしの勇気を出して一人ペンダントを捜索していた。

昼間も廃墟は、
不気味すぎる雰囲気をかもし出していたが、
夜は暗いため、さらに気味悪さを引き立てている。

ひまわりは霊感は持っていないので、
オバケとか幽霊等が実際に視えるわけではないが、
それでも真っ暗な廃墟は不気味すぎて
すぐにでもここから逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
それでも逃げないのは、
依頼者のためにペンダントを見つけ出したい、
という思いからである。

「人形は玄関に落ちていただけだから、
ペンダントがある
詳しい場所までは分からないんですよね・・・」

懐中電灯を照らしながら、
1階、2階の全ての部屋を一通り捜索してみたが、
一向に何も見つからない。

ひまわりは、
今はすでに全く動かなくなった紙の人形に
再び目を落とす。

「魔法をもう1回使ってみようと、人形に念じてみたけど
何の反応もないです・・・。
なんであの時は動いたんだろう?」

どんどん不安になってくる。
動いたのは自分の力じゃなくて、風が吹いただけだったとか、
魔法は発動したけど、追跡の魔法じゃなくて、
ただ単にここに落ちただけだったとか・・・。

かなりマイナス思考に入ってきたので、
余計な雑念を振り切ろうと首を横に振る。

「ダメです、ダメです!
まだ探してない部分もあるんですから、
もう一度捜索してみましょう!」

そう自分に言い聞かせ、
床に落ちていた絵画を除けようとして
手を伸ばした瞬間、
シュッと何かが手の甲を横切った。

「!?」

ひまわりの頭の中はパニックになる。

そして思わず、
「キャーッ!!!」
と近所全体に響き渡りそうなぐらい大きな声で
叫んでしまった。

ガクガク震え出すひまわり。
「な・・なんか・・、手に触った・・・、
モジャモジャしたものが・・」

あまりの恐怖に、
奮い立たせていた小さな勇気が一気に崩れていく。

「もう・・どうしたらいいか、分からないです・・」

あふれるように涙がポロポロ出てきた。

太陽は、なんで帰ったのだろうか?

確かに魔力は自分のほうがあるかもしれない。
でも・・ひまわり1人じゃ何をどうしていいのか分からないし、
今みたいにすぐ自信も勇気も失くして泣くしかできない。

太陽がいないとダメなのに・・・。

たとえ太陽に魔力が無くても、
ひまわりには必要な人なのに―。

そう、
真夏の「ひまわり」が「太陽」が無いと育たないように、
自分も光を与えてくれて導いてくれる太陽が、
そばにいないと成長できないのだ・・・。

怖くて悲しくてポロポロ泣いていたひまわりだったが、
突然「ギーッ」とどこかの部屋の扉が開くような音がして
思わずビクッと飛び上がってしまった。

「な・・何の音?」

恐る恐る廊下に出てみた。
相変わらず真っ暗で何も見えないが、
「ギシッ、ギシッ」という不気味な音だけが
どんどんこちらに向かって近づいてくる。

手元の懐中電灯を向けてみようと思ったが、
あまりの恐怖に全く体が動かない。

『幽霊だったらどうしよう!?
幽霊じゃなくても、泥棒とかだったらどうしよう!
もうダメです!!』
と目をつぶった瞬間だった。

「ひまわり!!」
聞き覚えのある声に目を開く。



「な、何泣いてんだよ。ほら立て」

そう言って差し出された太陽の手をひまわりは
ギュッと握りしめた。
その手はまだガクガクと震えていて、
どれだけひまわりが怖がっていたのか、
太陽には痛いほど分かった。

「ほら、もう泣くな」
「だ・・だって、すごく怖かったから・・・
でも、戻ってきてくれてよかったです・・」

ひまわりにそう言われ、太陽はびっくりした。

「き・・桐島くんがいないと、私一人じゃ何もできないから
ほんとによかったです・・・」

こんな言葉を言ってくれる人は、今まで誰もいなかった。

一族の中ではいつもこうだ。
「太陽に任せても無理だって」
「どうせ太陽は何もできないんだろ?」
「太陽の力は借りなくて、私達で大丈夫だから」
周囲の人達は誰一人として、自分の力なんて頼ろうともしなかった。

でも、ひまわりは自分の力を必要としてるなんて・・。

やっと泣き止みそうになったひまわりを見つめながら、
太陽はポツリとつぶやいた。

「ひまわり・・」
「はい?」
「おまえ、絶対将来だまされて変な壷とかハンコとか
買わされそうだよな」
「え!?な、何を急に!?」

突然わけのわからないことを言われ、
ひまわりの頭の中は「????」状態である。
太陽はそんなことを言ったかと思うと、
急にクルッと背を向ける。

「でも、ま・・」

ゴニョゴニョ小さな声で何か言っているようだが、
いまいち聞き取りにくかったので、
近づいた瞬間、
太陽が再びふり返り、
「今回はおれが悪かった!ごめん!」
と謝った。

あのプライドの高い太陽が突然謝ってきたので、
ひまわりはびっくりしすぎて目が丸くなってしまった。
太陽も慣れないことをして
非常に照れてしまったのか、あわてて話題を変える。

「ということで、さっさとペンダントを見つけるぞ!!」

太陽に気合いを入れられ、ひまわりも、
「ハイ!」
と大きな声で返事した。

まだ照れているせいか、
真っ赤な顔をそっぽを向いて隠している太陽の背中を見つめる。

心にポッと温かな光が灯ったみたいだ。
あんなに不安だった気持ちが、
その光のおかげでウソみたいに消えていく。

改めて感じた。
太陽の力のすごさを。

太陽は再び人形を取りだし、
ひまわりに見せた。

「もう1回、魔法をかけて人形の力を借りよう」

そう提案されたが、ひまわりは自信がない。
太陽がいない間も、
ずっと魔法を使おうと念じてみたが、
人形は全く動かなかったからだ。

「でも・・、さっき動かそうとしたのですが、全く動かなくて・・。
だから・・その・・
一度動いたのは、単なる偶然だったんじゃないかと
思い始めてきて・・・」

またマイナス思考に走り出しそうになっているひまわりに、
「ドン!」と壁を叩いて、
「このバカッ!」
と太陽が一喝入れた。

「絶対、おまえは才能あるんだからもっと自信を持て!」

太陽に怒られ、ひまわりはハッとする。

そうだ。
自分は強くなるために自信を持ちたいと思っていたのに、
今はすっかりそのことを忘れていたなんて・・・。

激しく反省しているひまわりの顔を太陽がのぞきこんできた。

「ひまわり、
『自信ない』とか、今度言ってみろ。
どうなるか分かってるだろうな?」

不気味な微笑みを見せる太陽に、ひまわりは、
『ひ〜っ!?怖い!!』
と怖さのあまり再び泣きそうになったが、
それでも先ほどの一人ぼっちの時に比べると
恐怖もないし、心に余裕も出てきた。

そうだ、太陽が言っているとおり、
もっと自分を信じてみなくては!

ひまわりは、
紙人形を近くにあったテーブルの上に乗せる。
スウッと大きく深呼吸して、精神統一をはかった。

いまだに、
魔法の使い方はよく分からない。
どうすれば魔法が発動するのかもよく分からない。
でも、一生懸命がんばれば、なんとかなるかもしれない。

顔を上げて、自信を持って、
そうすればきっと上手くいく!

「人形よ、もう一度私に力を貸して!!」

その瞬間、ひまわりが立っている真下の床に
パアッと黄金色の魔方陣が現れる。

太陽が、初めてひまわりと会った時に見た
魔方陣と全く同じものである。
やはり自分の見間違いなんかじゃなかったのだ。
太陽はうれしくなって叫ぶ。

「ひまわり!
魔方陣が現れたぞ!」

太陽の言葉に、真下を見てみると
ひまわりにもはっきり、
自分を中心に円を描く魔方陣が見えた。

「これが・・私の魔方陣なの!?」

だが、魔方陣に気をとられている場合ではなかった。
テーブルの上に置いてあった人形が
フワッと宙に浮かび出す。

その瞬間、
ものすごい勢いで再び動き始めた。
太陽は見失わないように、懐中電灯で照らす。

「追いかけるぞ!

そう言うと、太陽は猛ダッシュで走り出した。

紙人形はすごい勢いで
階段を一っ飛びし、2階の奥の部屋に入って行った。
太陽も少し遅れてその部屋に飛び込んだ。

「どこ行った?」

懐中電灯で部屋の中を隈なく照らしてみる。
すると、
人形はタンスの上でプカプカ浮いていた。

どうやら
タンスの上にあるカゴが怪しいようだ。

太陽は近くにあったイスを踏み台に、
「ヨッ」とかごの中をのぞいてみた。

かごの中には、
指輪やブローチなどキラキラ光る宝石類や、
その他にもガラスの破片、ビー玉、
針金のハンガーなどがわんさか入っている。
そしてその真ん中で
ひと際キラキラ光を放っているペンダントが、
依頼を受けて探していたものだった。

「やった!ひまわり!見つけたぞ!」

その報告を受けたひまわりは、
「よかった・・」
とホッと胸をなでおろした。


「なんで、こんなところにペンダントがあったんでしょう?
ここ廃墟でしたし・・」

廃墟からの帰り道、
ひまわりは不思議に思っていたことを太陽に聞いてみた。

「恐らく、カラスのせいだろう」
「カラス?」
全く予想もしなかった答えに、びっくりする。

「ああ、ここに最初に来たとき、
たくさんのカラスが家の周りを飛んでいただろ?」
と太陽に言われため、思いだしてみる。
確かに、
廃墟の周りをたくさんのカラスが飛んでいて
「不気味だなあ・・」と感じたことを思い出した。

「カラスはキラキラした物を集める習性があるから、
何かの拍子で、
ペンダントを持ち主の家から盗んだのかもしれないな」
「なるほど!」
そう説明を受けたひまわりは納得した。

すっかり夜は更け、
夜空では星がキラキラ輝いている。

ペンダントが見つかってホッとしたひまわりは、
「これでなんとか依頼を解決できて、本当によかったですね」
と心の底から喜んでいると、
太陽が歩くのをやめて止まったので、
「?」と振り返る。

太陽はなんだか難しそうな顔をしていたので、
また何かややこしい問題でも出てきたのかと、
不安になってきた。

「ひまわり・・・」
重々しそうな声で名前を呼ばれ、
「ハイ!?」とびびって返事をする。

怒られるのではないかと構えていたのだが、
「とりあえず、これからも頼む!!」
と太陽がお願いしてきたので、
「えっ!?」と驚いて思わず叫んでしまった。

相変わらず、
太陽の言動にいちいちビクビクしてしまうのひまわり。

プライドが高くて、威圧的で、
気に入らないことがあったらすぐすねて・・・。

最初はほんとに
どう接すればよいのか分からない気難しい性格だと思っていたが、
今日はそれ以外の太陽の表情も見れた。

「悪かった」と照れながら謝ってくれた太陽。
そして何よりも、
自分をそのパワーで支えてくれる太陽。

なんとなく、ちょっとだけ仲良くなれたような、
そんな気がした夜だった。