第1話:ひまわりと太陽




 



 



 


『って、私が心配してもしょうがないけど・・・。』

後ろ髪をひかれたが、
本鈴のチャイムが鳴り始めたので
あわてて教室に向って走り出した。


その日のお昼、屋上に何気にやって来たひまわり。
今日は快晴で、さわやかな風がドアを開けた瞬間吹き込んできた。

「ん〜っ!さわやか〜!
お昼寝でもしたい気分・・・」

ぐっと体を伸ばして、ふと左を見た瞬間ギョッとした。
女の子が柵を乗り越え、
屋上から飛び降りようとしているではないか!

「ダッ、ダメ〜!!ダメダメ!!
早まっちゃダメです!!」

あわてて女の子の体をガシッとつかむひまわり。
急に後に引っ張られた女の子はびっくりして
バランスを崩したため、
2人は床にバタンと倒れこんだ。

「ちょ、ちょっと何するのよ!
私はただハンカチを落としたから柵を越えて
取りに行こうとしてただけなのに!
誰も自殺なんかしないわよ」
「そ・・そうでしたか・・・。でも危ないですよ」

ひまわりはホッと安心したが、
女の子の顔を見てまたギョッとした。
確かこの子は朝、桐島太陽に告白してふられた子だ。

気まずくなるのがイヤで、ひまわりは思わず、
「じゃあ、私はこれで・・」
と逃げようとした時だった。

屋上の出入り口の方から、
「ねーねー、知ってる?
今日の朝、太陽に告白してた子って
1年3組の安井さんでしょ?」
「ほんと、バカだよね〜。
あんなたくさんの人の前で告白するなんて考えられないわ。
もう完全に学年中にウワサも広まってるし」
と3、4人の女の子達がワイワイ騒ぎながらやって来た。

『ひ〜っ!?本人いるのに!?』

びっくりしたひまわりが、
おそるおそる安井さんの方に振り返ると、
みるみる表情が暗くなって、今にも泣き出しそうだ。

「わ・・私だって・・バカだって分かってたけど・・、
好きっていう気持ちが止まらなかったもん・・。
だから、この気持ちを太陽くんに伝えただけなのに・・」

そう言うと、ポロポロと涙を流し始めた。

ひまわりは、
どうしていいか分からずオロオロしていると、
安井さんは急に攻撃的な口調で、
「好きだから告白してふられることが
そんなに悪いことなの!?
ウワサしている女の子達に何か迷惑かけたっていうの!?」
と言ってきたので、
「い、いえっ!!決してそんなことはないですっ!」
と、必死に答えた。

それからしばらく安井さんは「ワンワン」泣いて、
涙が枯れた頃に、またポツリポツリとしゃべり出す。

「ヒック・・そりゃ、太陽くんはもてるから、
ヒック・・ふられると思ってたし、
ふられても平気だと思ってた・・ヒック。
でも、違うかった・・ヒック・・
遠くから眺めていただけだったけど、
『好き』は『好き』だったもん・・・。
やっぱりふられたら、こんなにも辛くて苦しくて・・・
どうやったら、この気持ち、忘れられるの?」

そして再び泣き始めたので、ひまわりも心が苦しくなった。

なぐさめの言葉をかけたかったが、
恋愛経験も人生経験もそれほど無いので、
ただ黙って隣で立っているしかない自分が
歯がゆかった。

『この雰囲気・・
失恋した人から感じる絶望感の真っ黒な重苦しい空気・・・
比較的早く立ち直れる人もいるけど、
安井さんは長くひきずって体調を崩すような予感がする・・・』

そう思うのはナゼだかは分からない。

でも昔から、ひまわりは
目の前にいる人の顔を見ていると
その人がどんな気持ちでこれからどうなっていくのか、
なんとなく分かることが多いのだ。

そしていつも祖母がひまわりにこう話していた。

「いいかい、ひまわり。
あんたには不思議な力があって占いで人を癒すことができるんだよ。
ただ、今のお前には勇気と自信が足りない。
強い気持ちで自分の心と向き合えば、
きっとお前の力は大きなものとなるだろう」

ひまわりは目の前で泣いている安井さんを見つめながら思った。

『そりゃ、私だって安井さんを元気づけてあげたい。
そのために占いの力を使えるのなら、使いたい。
でも・・もし最悪な結果が出たらどうするの?
それこそ安井さんをさらに凹ますことになるんじゃ・・・・』

失敗することを考えると、
またもやひまわりの勇気はしぼんでいった。

何も自分が占いをやる必要はないわけだし、励まし方は別にもある。

そう開き直ったひまわりは、安井さんの手を握り、
「ね!元気出してください!
きっと良いことがありますから―」
と元気づけようとした瞬間、
「そういえば今日の朝、3組の安井さんがふられてたでしょ?」
「見た見た。いい恥さらしよね」
と、さっきとは違う女子たちが屋上に現れ
ウワサして笑っている。

「・・・・・・」

安井さんがポツリとつぶやいた。

「私・・もう学校に来たくない・・」

さっきよりももっと黒くて重い負のオーラが
彼女を取り巻いたのを見たひまわりは、
「わーっ!?ダメダメダメ!!
安井さん!私が安井さんの未来を占ってあげます!!」
と思わずポケットからタロットカードを取り出してしまった。

『やっぱりこのまま放っておけないです!!
占い師としてはやっちゃいけないけど、
悪い結果が出ても元気が出るように良いことを言って
何とか励ましましょう!』

こうして、ひまわりによる
即席「タロット占い部屋」が開かれたのである。

そこは校舎の屋上で、
ちょうどその時は周りに人もおらず、さわやかな風だけが吹いていた。

ひまわりは愛用のタロットを、
床に敷いたハンカチの上に並べ始めたのだが、
1名だけこの様子を
屋上よりもう少し高い位置にある給水棟から眺めている人物がいた。

その人物こそ、
安井さんが告白した学年一の人気者桐島太陽だった。

「へ〜、うちの学校に占いができるヤツがいたとはねえ・・・。
ま、素人レベルだろうけど、様子見てみるか」

そうつぶやくと、太陽は再び
2人の様子に目を向ける。

「じゃあ安井さん。
このカードを両手を使って
時計回りの方向によく混ぜ合わせてくださいね。
あ、反時計回りはダメですよ。
時計回りは「未来」を示しているんです」

ひまわりに言われたとおり
真剣にカードを混ぜ合わせる安井さん。

タロット占いは初めてのようで
ぎこちない仕草だが、
真剣さは伝わってくる。

「ハイ、気持ちを込めて混ぜました」

カードを受け取ったひまわりは、
「じゃ、安井さんの未来を占いますね」
と言って精神統一のために大きく深呼吸した。

『カードさん達、
どうか私に力を与えて―』

そう念じた瞬間、
ひまわりの周囲にパアッと黄金色を放った魔方陣が現れた。

「え!?」

こっそり様子を伺っていた太陽は、
突然現れた魔方陣にびっくりして目をパチクリした。
しかし一瞬の出来事だったため、
気づけばもう魔方陣は跡形もなく消え去っていた・・。

「おれの・・見間違い??いや・・でも・・・」

太陽があわてていることなど全く知らないひまわりは、
タロットを混ぜ合わせた後、
定位置にカードを一枚ずつ並べていく。
全て並べ終えた後、
占いの結果を見るためにカードを1枚ずつ開き始めた。

安井さんの現在の状態を示すカードを開いた時、
ひまわりは「あれ?」と少し驚いた声を出した。

失恋をした直後だったので、悪い結果が出るのかと思っていたのだが・・

「安井さん、身近に親しい男の子とかいませんか?」

ひまわりにそう聞かれ、
「親しい男の子?家が隣の・・幼なじみだったらいるけど・・・」
その時だ。

「和美!!」

突然名前を呼ばれた安井さんが振り返ると、
そこには短めのさっぱりした髪型の男の子が立っていた。

「慶太!?」

慶太という名前の男の子は
ツカツカと安井さんの前まで歩いてくると
「おまえ、桐島なんかに何告白してんだよ!!」
と急に怒り出した。

「別に慶太には関係ないじゃん!!」
「関係ないことねーよっ!
こんなアホな行動しやがって、ウワサがすげーんだよ!!」

ウワサのことを言われた安井さんは
恥ずかしさのあまり真っ赤になって下を向いた。

ひまわりはオロオロしながら2人の様子を伺っている。

「ウワサは自業自得だから、
私一人で何とかするわよ!ほっといて!」

安井さんはそう言うと、
走ってその場から逃げようとした。
が、慶太がガシッと腕をつかむ。

「バカ!!
おれがいるから、もっと頼れ!」
「!?」

突然の言葉にびっくり顔の安井さんに、
慶太はさらに続ける。

「おまえと何年一緒にいると思ってんだよ!!
おまえのことを一番理解してやれるのは、おれしかいないんだよ!
それぐらい気づけ!」

ひまわりは、この男の子こそがカードが示していた
安井さんにとって一「番身近で親しい幼なじみ」だと分かった。

「安井さん」

ひまわりは1枚のタロットカードを差し出して見せた。

そのカードには
2人の幸せそうなカップルの姿が描かれている。

「最終結果は『恋人(ラバーズ)』。
あなたのことを本当に想ってくれている人こそが、
安井さんにとって一番大切な人のはずですよ。
その存在に気づけば、
絶対幸せになれますからね!」
と笑顔で占いの結果を伝えた。

その瞬間、安井さんを包んでいた真っ暗で重い空気は
初夏のさわやかな青空の中に
雪が溶けるようにスーッと消えていった。

「ありがとう・・、なんだか元気になったみたい。
でも、あなた誰だっけ?」

そう言われて、ひまわりもハッとする。
安井さんの失恋事件に巻き込まれ、
自己紹介をすることもないまま、今に至っていたのだ。

ひまわりは深々と頭を下げる。
「ど、どうもすいません!!
こちらこそ名乗りもしないで急に引き止めて
勝手に占いなんかして、すいませんでした!!」

「いえいえ、たぶん同じ1年生だよね?」

「ハイ、1年5組の夏野ひまわりです」

給水棟から一部始終を見ていた太陽は、
ひまわりの姿をしばらくずっと見つめていた。

「夏野ひまわり・・か・・」

「キーンコーンカーンコーン」

終業のチャイムが鳴る。
放課後を迎えた生徒達は部活に行ったり、帰宅したりと
皆急ぎ足で教室を出て行く。

帰宅部のひまわりは、
特に用も無いので靴箱に向って歩いていた。

『そういや、今朝の占いでは
「運命の出会い」有りって出てましたけど、
これといって何もなかったですね・・。
安井さんとの出会いは、
「運命」とまでいかないですし・・』

その時だ。

「ありがとう桐島!」

声が聞こえてきた方向を見ると、
例の桐島太陽と男の子が
向かい合って話しをしていた。

「いやー、休んでいたところの授業、
おまえのノートを貸してくれたから、めっちゃ助かったよ!
やっぱ秀才のノートは分かりやすいな♪」

そうお礼を言われた太陽は、
「いや、お役に立ててよかった」
とさわやかな笑顔を見せている。

その様子を見ていたひまわり。

『桐島君って・・
女子だけじゃなくて、男子にも人気があるんですね・・・。
ほんとにパーフェクトな人・・』

そんなうらやましい気持ちで太陽を眺めていると、
バチッと視線が合ってしまった。

『やばっ!目が合っちゃいました!!
ジロジロ見てて変なヤツって思われたらどうしましょう!!』

あわてて目を伏せ、その場から逃げようとしたひまわりだったが、
突然ガシッと腕をつかまれた。

「!?」

太陽はにっこり笑い、
「夏野・・ひまわりさんだよね?」
と聞いてきたため、
ひまわりはパニックに陥ってしまった。

学年一の人気者が、なんで自分の名前を知っているのか?
それでまたなんで声をかけてきたのか?

全く理由が分からない上に、
周りにいた女の子達が、
「太陽が女の子に話かけてる!!」
「えーなんで!?」
「あの子、いったい何者なのよ!!」
と急にざわめき出し、ひまわりをにらんできたので、
ますますどうしていいのか分からなくなる。

『どういう関係って、ほぼ初対面です!!
なんで話しかけてきたのか、
こっちが理由を聞きたいですよ〜!!』

そんなひまわりの焦りも知らない太陽は、
「ちょっと話があるんだけど、来てくれる?」
と優しい微笑みを見せながらも
強引にひまわりを引っ張って歩き出した。

「ど、どこ行くんですか!?」
「いいから、いいから」
ざわめく生徒達の間を通り抜け、2人は校舎奥へと歩いて行った。

放課後の校舎はほとんど生徒達もいなくなり、
昼間の騒がしさがウソのように静まり返っている。

ひまわりは太陽に引っ張られ、
特に人気のない4階の多目的教室に連れてこられた。

太陽とは面識もなく、いったい何の用なのか全く分からない。

「あ・・あの・・話って・・」

突然「ダン!」と太陽が壁に手を当て、
ひまわりにズズイっと顔を近づけて言った。



予期もせぬことを言われ、
ひまわりはしばらくポカーンと口を開けていた。

占いをしている時に魔法?

魔法なんて使った記憶もないし、
そもそも魔法なんてこの世の中にあるんだろうか?

「う・・占いは確かにやりましたけど、魔法は使ってないですよ?」

ひまわりがそう答えると、
「まだとぼける気か!?」
と太陽はけんか腰。

『え・・この人、優等生の桐島くんだよね??
もっと普段はにこやかでさわやかで優しいはずなのに、
今目の前にいるこの人は誰??』

太陽が突然見せたギャップに、
ひまわりは頭の中がゴチャゴチャになった。

だが太陽は、そんなことおかまいなしにどんどんつっかかってくる。

「それともあれか!?
おまえも、おれの魔力が弱いからってバカにしてんのかよ」

「ま・・魔力?」

またもや聞きなれない言葉が出てきて、ひまわりは首をかしげた。

「くっそーっ!!
ばーちゃんも大地もみんなしておれのことバカにしやがって!!」
そう言いながら太陽は壁をダンダンと叩いている。
なんかよく分からないが、
どうも家族らしき人達に太陽はバカにされているようだ。

1人悔しがっている太陽に、恐る恐るひまわりは声をかけた。

「す・・すいません・・私、本当に何にも分からないんですけど・・」
「え?」

困惑しているひまわりの顔を見た太陽は、
「あんた・・魔法を使っていること分かんないの?」
と言うので、ひまわりは驚き、
「魔法なんて使えるわけないじゃないですか!
そんなの映画やマンガの世界だけのお話でしょ?」
と答えた。

太陽はみるみる青くなって、1人ブツブツ何か言っている。

「え・・もしかしておれ・・また見間違えた?
いやいや、絶対『魔方陣』見えたって・・」

そんな太陽から一歩一歩離れながら、
「あの・・私はこれで・・」
とひまわりがその場から立ち去ろうとしたので、
太陽があわてて引き止める。

「ちょっと待った!
おれのヒミツを知ったからには、ただでは帰せないんだな♪」

にっこり笑顔の太陽だったが、
いつものようなさわやかスマイルではなく
何か嫌な予感を感じさせるスマイルだった・・。

『成績優秀で誰にでも優しくて
完ぺきな優等生の桐島くんはどこに行ったのです?
目の前にいる人は本当に桐島くんなのですか・・?
しかも、さっきから「魔力」とか「魔法」とか
わけの分からないことばかり話していますし・・・』

太陽にグイグイ引っ張られ、
どこかに連れていかれているひまわり。
どこに行くのか、何をされるのか全く分からず、
不安な気持ちでいっぱいだった。

今、ひまわりの目の前には、
大きな和風造りの門がそびえたっている。

家を取り囲む塀の周りをずっと歩いてきたが、
一般的な大きさの家が
3、4軒ほど入りそうなぐらい広大な敷地だ。

太陽に無理やり引っ張られて、
この豪邸に連れてこられたひまわりだったが、
門にかかげられていた表札の名前を見て「あれ?」と思った。
かかげられていた表札の名字は「雨夜」。
あまり見かけない名字ではあるが・・・

「雨夜・・・、あれ?この名字どこかで見たことが・・?」

だが、どこで見たのかは思い出せない。
そうこうしている間に門から太陽が中に入り、
「おい、こっちだ」
と呼ぶのであわててついて行く。

「ここ・・桐島くんのお家なんですか?
でも・・名字が違いますよね?」
「うちじゃないけど、ばーちゃんち。
実家は高校から遠いから、ここで下宿させてもらってるんだ」
「へー・・にしても、大きなお家ですね・・」

門をくぐってからも、家の玄関にたどりつくまで
うっそうとした木々が通路の両端に森のように生えているので
そこを歩くと、まるで緑のトンネルをくぐっているようだった。

その長いトンネルを抜けると、
絵葉書の写真のような日本庭園が広がり
その真ん中に和風のお屋敷がドンと建っていた。

「ただいまー」

太陽が玄関を開けると、
「太陽様、お帰りなさいませ。あら?お客様もご一緒ですか?」
と着物を着たお手伝いさんらしき人が現れた。

お手伝いさんは、ひまわりをチラッと見て
満面の笑みで、
「もしかして、太陽様の彼女さんですか?」
と聞いたため、ひまわりは一気にカーッと真っ赤になった。

「ちがいます!ちがいます!」とあわてて訂正しようとしたが、
「まさか。
趣味じゃねーよ」
と太陽がばっさり斬ったので、思わず拍子抜けした。

いや、まあ、確かに彼女じゃないので
否定してくれて全く構わないのだが、
「趣味じゃない」とまではっきり言われると、
若干心がチクッとするものである。

でも気が弱いので、結局のところ何も言えないのだが・・・

「それより、ばーちゃんいる?」
「ハイ、大奥様はいらっしゃいますよ」
「じゃあ、例の『助手』を見つけて来たって伝えてくれ」
「ハイ、かしこまりました」

2人の会話を聞いていたひまわりは首をかしげた。

『助手?助手って何だろう・・??』

8畳ほどの和室に通されたひまわりは、
おそるおそる座布団の上に座った。


床の間には真っ白のユリが飾られ、
甘い香りを漂わせている。

お手伝いさんが、和菓子とお茶を持ってきて
「どうぞ」
とひまわりと太陽の前に置いた。

「あ、ありがとうございます!」

桜の形をしたピンク色のかわいい和菓子を見つめながら、
『食べていいのかな・・』
とひまわりが迷っていると、
「おい、ひまわり」
と太陽がいきなり呼び捨てで話しかけてきた。

「おまえ、タロット占いをやっていたけど、
どこで覚えたんだ?」

「あ・・覚えたというか、家族のほとんどが占い師で、
小さい頃からおばあちゃんにみっちり教えられたんです」

太陽は「なるほど」というような顔をしながらお茶を一口飲んだ。
その時だ。

「おや?タロット占いの名手『夏野弥生』さんの
お孫さんじゃないか」

そう言いながら、1人の白髪のおばあさんが部屋に入ってきた。

年は60〜70代ぐらいだろうか。
だが、年を感じさせないぐらいビシッときちんと着物を着こなし、
姿勢もまっすぐピンと伸びている。

おばあさんは、ひまわりにニッコリ微笑みながら、
「はじめまして、太陽の祖母です。
おまえさんのおばあさんのことは同じ業界ゆえ、よく知っているよ」
と挨拶をしたので、ひまわりもあわてて立ち上がって
「は、はじめまして!夏野ひまわりです!」
と頭を下げた。

『あれ?桐島くんのおばあさんに私初めて会うのに、
なんで私が「夏野弥生」の孫って分かったんだろう・・・?』

ひまわりはふと不思議に思ったが、
太陽がさっさと自分の話を進め出したので、
その疑問はそのまま放置されることとなった。

太陽は、ひまわりを指差しながら
「ばーちゃん!あいつ魔力があるだろ!?
これで魔力が弱いおれを支える助手も見つかったし、
約束どおり『魔法相談所』を開いてもいいだろ!?」
と言ったので、ひまわりはびっくりして目をパチクリさせた。

『え?「魔法相談所」って何?』

半ば強制的に太陽に連れてこられたひまわりだが、
未だ何の説明も受けてないので、何が何だか分からない。
自分抜きで、どんどん話が進んでいっているのに
不安が募っていく。

1人暴走している太陽を、おばあさんはギロッとにらんだ。

「あーっ、もう!おまえはなんでそんなにせっかちなんだい!
やるかやらないかは、
ひまわりちゃんの意見を聞くのが先じゃないか!」

「う・・・・」

すると太陽が不適な笑みを浮かべながらふり返り、
「やるよな?」
と突然聞いてきたので、
ひまわりは心の中で『ひ〜っ!?』と叫んだ。
『やる・やらない』の選択肢は無く、
太陽の威圧的な態度からひまわりは
「やる」と答えるしかなさそうな雰囲気だ。

あまりの恐怖にカタカタと体を震わせながら、
「や・・やるもやらないも、
何の説明も受けてないので、何とも・・」
とひまわりが言うので、
おばあさんは太陽の頭を軽くパシッと叩き、
「そりゃ、そうじゃよ。
ちゃんと説明してあげないと返事なんてできるかい!」
と言った。

「フーっ」と太陽は大きくため息をついた。
いかにも説明するのが面倒くさそうな様子だが、
ポツリポツリと話し始めた。

「うちの『雨夜家』は先祖代々魔術師一族で、
ばーちゃんをはじめ強い魔力を持っている人が多いんだ」

「魔術師?」

その言葉を聞いたひまわりは、パアッと目を輝かせながら、
「え!魔術師って魔法が使える人のことですよね!?
じゃあ、桐島くんって魔法が使えるんですか!?
すごいです!!」

ひまわりは素直な気持ちを言っただけだったのに、
太陽は苦虫をつぶしたような顔をしている。

『あ・・あれ・・?』
何かまずいことでも言ってしまったのかと不安になっていると、
横からおばあさんが入ってきた。

「いや、太陽は分家の子だから一族の中でも魔力は弱いんじゃよ。
まあ・・ほぼ0に近いと言ってもいいぐらいでねえ・・」
その言葉を聞いて、ひまわりはハッとした。

確かに過去を振り返ってみると、
太陽は何度か自分のことを
「魔力が弱い」と言っていたような気がする。

「魔力が弱い」ことをバラされて、
心が打ちひしがれている太陽はほっといて、
おばあさんの話はまだ続く。

「うちで今一番、魔力が強くて当主の大地は
外国に留学中で、その間に太陽が―・・・」

大地・・

この名前を聞いた瞬間、ひまわりは「あっ!」と叫んだ。

「思い出しました!
『雨夜』っていう名字に見覚えがあったんですけど、
雨夜大地さんなら、私一回お会いしています!」
「大地と!?」

ひまわりと大地の意外な接点に、太陽は驚いた。

「確か大地さんって、5年前に開かれた『占いショー』の審査員に
いらっしゃってましたよね?
当時20歳ぐらいで、すごく若い審査員の方でしたから
よく覚えているんです」

ひまわりの言葉に、おばあさんもうなずく。

「ああ、そうじゃったよ。
あの時、私は用事があって行けなかったから
代わりに大地に行ってもらったんじゃ」
「その時のショーに私も参加していたんです!」

ひまわりは懐かしい目をして、当時のことを思い出した。



突然、大地の悪口を言い出した太陽に
ひまわりがびっくりしていると、
横からおばあさんが、
「大地と太陽は『いとこ』同士なんだが、
どちらも頑固でプライドが高くて、
『自分が一番正しい』と思っているからウマが合わないんじゃよ。
年も10歳ぐらい離れているから、
大地が太陽を完全に子ども扱いしているのを
太陽は気に入らないみたいでなあ・・・」
とため息をついた。

「特に太陽は一族の中でも魔力が弱いせいか、
大地に対してライバル心が強くて、
魔力以外の勉強、スポーツ、学校での生活態度は
大地に負けまいと『完ぺき』を子どもの頃から目指してきたんじゃ。
確かにその点はがんばってきたと私も思う」

話通り、太陽は
非の打ちどころがないぐらい
学校では優等生だ。

「しかし、そのせいか・・・」
「そのせいか?」
ひまわりが首をかしげる。

おばあさんはチラリと太陽を見て、
「学校ではかなり猫被った性格で
過ごしているようじゃな・・。
素の太陽はこんな感じで、
負けず嫌いで、
自分中心に世界が回らないと嫌な性格なんじゃよ・・」

その話を聞いて、ひまわりも「なるほど」と納得した。
学校ではいつも優等生だった太陽が、
実は裏の顔を持っていた理由はこれだったのか、と。

しかし、本当に知らなかった。

弱気でいつも自信のないひまわりにとって、
太陽は自信に満ちあふれていて
完ぺきで、
何の悩みも無いように見えていたのだが、
本当はそうではなかったのだ。

「雨夜家」という魔術師一族の中に生まれ、
一族の皆が持っている魔力を太陽だけが持っていないなんて・・・。

もしひまわりが同じ立場だとしたら、
絶対辛いし、引け目を感じてしまうに違いない。

「でも、太陽はあきらめてないんじゃよ」

「え?」

「絶対、魔力を強くして、
将来的には何らかの形で家業に従事したいと言ってるんじゃ」

ひまわりは口には出さなかったが、心の中で、
『魔力が弱いのに、いったいどうやって・・・』
と思ってしまった。
と同時に、
太陽のあきらめない姿勢に、
『なんでそこまでがんばれるんだろう?』と。

絶対自分だったら、
勝ち目のないことには手を出さず、
さっさとあきらめてしまいそうだ。

おばあさんはお茶をズズズッとすすりながら、
「それでとりあえず
魔法で悩みを解決する相談所を運営させてみようかと。
といっても、全くの素人だから客からお金ももらわないし、
事情を説明して『それでもいい』と納得した人だけを対象にだが」

そこまで聞いて、ひまわりはふと疑問に思った。

「魔法相談所・・ですよね?
でも桐島くんは、ほとんど魔法が使えないんですよね?
それって、ただの相談所なんじゃ・・」

「だから、魔力を持っている良い助手を連れて来い、と
私が太陽に言ったんじゃよ」

おばあさんがそこまで話して、
ひまわりはやっと自分がここに連れてこられた意味が分かった。

「ま・・まさか・・
助手って私ですか!?」

改めてびっくりするひまわりに、
「おまえ以外に誰がいるんだよ」
と太陽がつっこんだ。

ひまわりは手を横に激しく振りながら叫んだ。
「無理無理無理!!無理ですって!!
私、魔力なんてないですから!!」
と、必死に否定するが、太陽は、
「いや、おまえは魔法を使った!!」
と言い張る。

「それは、桐島くんの見間違いです!!」
「いや、絶対見間違いなんかじゃない!」

2人がギャーギャーと
無駄な言い合いしていると、
おばあさんが口をはさんできた。

「ひまわりちゃん。
力があるのに、おまえさんはまだ
自分の力に気づいてないよ」

その言葉を聞いて、
ひまわりは自分の祖母も同じことを言っていたことを思い出した。

『いいかい、ひまわり。
あんたには不思議な力がある。
ただ、今のおまえには勇気と自信が足りないせいで、
その力に気づかずにいるんだ』

「あ・・・・」

戸惑ったような表情を浮かべるひまわりの手を、
おばあさんが微笑みながら取った。
「ひまわりちゃん、
もっと自分の力を高めてみたいと思わないかい?」

もし・・本当に自分に不思議な力があって、
それを呼び起こしたなら、
いったいどんなことが起こるのであろうか?
いったいどんなことが出来るようになるのだろうか?

良いことばかりでは無いかもしれない。
力を高めたことによって、
何か悪い災いが起こることもあるかもしれない。

ひまわりに不安が走る。

でも・・・・

ただ1つ分かることは、
力を高めれば、今より自信を持つことはできるのではないだろうか?
弱気で、いつも苦手なことから逃げている自分を
もっと大きく成長させることができるのではないだろうか?

しばらく黙っていたひまわりが、ポツリとしゃべりだした。
「高めて・・・みたいとは思いますが・・」
「思いますが?」
ひまわりの表情は戸惑っている。
「でも・・私・・
桐島くんのお役に立てるか自信はなくて・・・」

果たして、本当に自分なんかが
相談所の助手を勤められるのであろうか?
魔力があると言われているけど、
そんな自覚、全く自分には無いし・・・

考えれば考えるほど、ひまわりの決心は揺らぐ。

「その・・せっかっくさそってもらったのに、何もできなかったら・・と思うと・・」

やっぱり後向きな姿勢のひまわりに、
イラッときた太陽が思いっきり「ダン!」と机を叩いた。

ビクッとしたひまわりが、太陽の方を見ると
こっちを思いっきりにらんでいる。

太陽は、ひまわりにツカツカと近づき、
まっすぐ目を見て言った。

「おまえな―、
まだ何もやってないのに、
最初から『できない』とか言うなよな!!
せっかく力を持っているのに、
『できない』って言って可能性をつぶすな!!」

太陽のその言葉に、ハッとする。
そうだ、確かにいつもそうだ。

初めから「出来ない」「無理だ」と決めつけて、
いつも逃げて立ち向かうことを避けてきた。

そんな自分がいつも嫌いだった。

太陽はひまわりに手を差し伸べた。
「いいから黙っておれについてこい!」

不安は消えない。

でも、自分を変えたいならそのチャンスは「今」かもしれない。

ひまわりは差し伸べられた手をそっとつかんだ。

「魔力」は無いけど「自信」だけは満ち溢れている太陽と、
「自信」は無いけど「魔力」はあるらしいひまわり。

この2人の出会いが、どんな未来を作っていくのか、
物語の始まり、始まりです。

(第2話へつづく)